2006年09月27日
恋は一瞬で
恋に落ちた。
初めは好感度。
次は限界一杯の嫌悪(はっきり言って限界を超えたが我慢した)。
その次は沈黙。
ちょっと好感度が戻る。
そして一瞬で恋に落ちた。
恋って本当に一瞬で落ちるんだなー。
なんの前触れもなく。
初めは好感度。
次は限界一杯の嫌悪(はっきり言って限界を超えたが我慢した)。
その次は沈黙。
ちょっと好感度が戻る。
そして一瞬で恋に落ちた。
恋って本当に一瞬で落ちるんだなー。
なんの前触れもなく。
2006年09月24日
尾崎豊物語(読書感想:本物の詩人と偽物の詩人)
ハッキリ言って期待外れ。
そこに濃密なものはなく、すべてはデフォルメされて、ドラマも迫って来ない。
ただラストは「約束の日」のMCだったので、読み返して感動はしたけれど。
ただ疑問は多くあって、福岡国際センター、または他のライヴにて尾崎は観客に向かって本当に「俺の歌なんだから歌うな!」と言ったのか?
尾崎はみんなの為に真実を解き明かして伝えていこうと思っていたが、真実は一つではないことに気がつき、真実は一人一人みんなの中にあると気付いたのか?
なんかそれじゃ答えが当り前すぎて、尾崎の「みんな」はそうじゃなかった気がする。
尾崎の「みんな」にはもっと広い視野があったような?
尾崎の「みんな」は確かに幼稚的な全能感の延長としての「みんな」だったと思うけれど。
まあとにかく「約束の日」で終わる最後は美しいが、次のアルバム「放熱の証」を聞く限り、尾崎の中ではなにも解決されていなかったように感じる。
いや、逆に視野が狭くなっている。
それが「真実は一人一人みんなの中にあると気付いた」結果だとすれば悲しいが。
尾崎は坂本龍一の曲の広がりを感じるべきだったのかもしれない。
尾崎は坂本龍一と対談したのだから。
(坂本龍一の曲の広がりは「みんな」を否定している。坂本龍一は「みんな」とは絶対言わないはず。おいらも「みんな」は昔から絶対言わない。尾崎的な全体への欲望=幼稚的な全能感の延長はあったけれど。でも尾崎みたいな人って本当に知らない人を少し傷つけただけでも自分が傷ついちゃうんだよね。普段は傲慢なのにそれを知ると。おいらとそこも違う。本物の詩人(尾崎)と偽物の詩人(おいら)の差かな?w)
そこに濃密なものはなく、すべてはデフォルメされて、ドラマも迫って来ない。
ただラストは「約束の日」のMCだったので、読み返して感動はしたけれど。
ただ疑問は多くあって、福岡国際センター、または他のライヴにて尾崎は観客に向かって本当に「俺の歌なんだから歌うな!」と言ったのか?
尾崎はみんなの為に真実を解き明かして伝えていこうと思っていたが、真実は一つではないことに気がつき、真実は一人一人みんなの中にあると気付いたのか?
なんかそれじゃ答えが当り前すぎて、尾崎の「みんな」はそうじゃなかった気がする。
尾崎の「みんな」にはもっと広い視野があったような?
尾崎の「みんな」は確かに幼稚的な全能感の延長としての「みんな」だったと思うけれど。
まあとにかく「約束の日」で終わる最後は美しいが、次のアルバム「放熱の証」を聞く限り、尾崎の中ではなにも解決されていなかったように感じる。
いや、逆に視野が狭くなっている。
それが「真実は一人一人みんなの中にあると気付いた」結果だとすれば悲しいが。
尾崎は坂本龍一の曲の広がりを感じるべきだったのかもしれない。
尾崎は坂本龍一と対談したのだから。
(坂本龍一の曲の広がりは「みんな」を否定している。坂本龍一は「みんな」とは絶対言わないはず。おいらも「みんな」は昔から絶対言わない。尾崎的な全体への欲望=幼稚的な全能感の延長はあったけれど。でも尾崎みたいな人って本当に知らない人を少し傷つけただけでも自分が傷ついちゃうんだよね。普段は傲慢なのにそれを知ると。おいらとそこも違う。本物の詩人(尾崎)と偽物の詩人(おいら)の差かな?w)
2006年09月23日
ひさよんVSちゃき
ミクシィのあいのりコミュニティのアンケートを見てびっくりした。
なんと「ひさよんとちゃき、どっちが正しいと思いますか?」という問いに対して、ひさよん派が95パーセント、ちゃき派がたったの4パーセント、おいらは見逃した回を除くとちゃきが正しいと思っていたのでびっくり。
ちゃきが正しいと思ったのは田上君をひさよんがリタイアさせた後に「あんな風にすごい明るく・・・なにもなかったかのように(振舞えない)」と言ったことに激しく同意したから。
あそこまでやったならそれなりの態度があるはずなのにまるでなにもなかったような態度。
意図的だったのかもしれないけれど。(いや、意図的。自分で壊した雰囲気を和らげようと思っていたから。)
また「田上君をもう好きではない」というひさよんの言葉も、愛が憎しみに変わったならまだしも、もう好きではなかったのにあんなリタイアのさせ方をしたのか?という疑問に繋がった。
ひさよんは自己を正当化させ過ぎだし。
でもなんでみんなひさよん派なんだ?
なぜ?
おいら的には、恋愛には多かれ少なかれ駆け引き的な要素が含まれているのだから、「あいのり」に彼女がいて参加するのはルール違反だとしても、色々な女性に気がある素振りをするのはいけないことだとしても、ひさよんのやり方は過激過ぎだった。
田上君がひさよんの彼氏だったのならまだしも、彼氏・彼女の関係になる以前に「私の気持ちを踏みにじった」とかそういうので激高するのはなしだと思うし。
ひさよん恐るべし。
いや、もうリタイアしたからいいんだけどね。
結局はひさよんVSちゃきは引き分け。
なんと「ひさよんとちゃき、どっちが正しいと思いますか?」という問いに対して、ひさよん派が95パーセント、ちゃき派がたったの4パーセント、おいらは見逃した回を除くとちゃきが正しいと思っていたのでびっくり。
ちゃきが正しいと思ったのは田上君をひさよんがリタイアさせた後に「あんな風にすごい明るく・・・なにもなかったかのように(振舞えない)」と言ったことに激しく同意したから。
あそこまでやったならそれなりの態度があるはずなのにまるでなにもなかったような態度。
意図的だったのかもしれないけれど。(いや、意図的。自分で壊した雰囲気を和らげようと思っていたから。)
また「田上君をもう好きではない」というひさよんの言葉も、愛が憎しみに変わったならまだしも、もう好きではなかったのにあんなリタイアのさせ方をしたのか?という疑問に繋がった。
ひさよんは自己を正当化させ過ぎだし。
でもなんでみんなひさよん派なんだ?
なぜ?
おいら的には、恋愛には多かれ少なかれ駆け引き的な要素が含まれているのだから、「あいのり」に彼女がいて参加するのはルール違反だとしても、色々な女性に気がある素振りをするのはいけないことだとしても、ひさよんのやり方は過激過ぎだった。
田上君がひさよんの彼氏だったのならまだしも、彼氏・彼女の関係になる以前に「私の気持ちを踏みにじった」とかそういうので激高するのはなしだと思うし。
ひさよん恐るべし。
いや、もうリタイアしたからいいんだけどね。
結局はひさよんVSちゃきは引き分け。
2006年09月19日
総理
今週は「あいのり」を観た。
しかし総理とひさよんがいなくなった「あいのり」は見ていてもつまらない。
信じられないことにおいらは面白い時の「あいのり」を2、3週見逃してしまったのだ。
特に悔やまれるのが「総理」。
おいらが「あいのり」を見始めたのは総理が参加した時位だった。
初めは総理に対して何の感情も無かったけれど、徐々に総理への好感度はUPし、決定付けたのはボスニアでの総理のコメントだった。
「今のままだったら無知によってまだ内戦は起こると思う。イスラム人のお母さんは実はイスラム人が(セルビア人を)襲撃してたとか そういう事実は全く知らずにセルビア人が悪いと思ってて。セルビア人の話聞いたらイスラム人にも悪いことあったんじゃんって。お互いがお互いにわかり合ってない状態で でも そういう事実を認め合って 感情も認め合って。それがだけどできれば 内戦はなくなっていくんじゃないかなって」。
いやー、その冷静な分析には感銘を受けたよ。
そんなに感銘を受けたのは尾崎豊の「路上のルール」の歌詞以来だ。
「互い見透かした笑いの中で言い訳の付くものだけを 摩り替える夜 瞬きの中で 何もかも消えちまう」。
総理の発言と尾崎豊の「路上のルール」の歌詞にはなにか共通点がある気が。
多分おいらはそういうのが好きなのだ。
総理の視点と尾崎の視点。
しかし総理はもてない。
東大だし、優しいし、チャット部屋にいるみんなに総理を薦めたのだけれど、みんな「なんかね」と言う。
女は男を見る目がないんだなーw。
まあでも男も女からしてみれば女を見る目がないのかもしれないし、年齢のせいかもしれない。
総理は超お勧めー。
もうリタイアしたけれど。
しかし総理とひさよんがいなくなった「あいのり」は見ていてもつまらない。
信じられないことにおいらは面白い時の「あいのり」を2、3週見逃してしまったのだ。
特に悔やまれるのが「総理」。
おいらが「あいのり」を見始めたのは総理が参加した時位だった。
初めは総理に対して何の感情も無かったけれど、徐々に総理への好感度はUPし、決定付けたのはボスニアでの総理のコメントだった。
「今のままだったら無知によってまだ内戦は起こると思う。イスラム人のお母さんは実はイスラム人が(セルビア人を)襲撃してたとか そういう事実は全く知らずにセルビア人が悪いと思ってて。セルビア人の話聞いたらイスラム人にも悪いことあったんじゃんって。お互いがお互いにわかり合ってない状態で でも そういう事実を認め合って 感情も認め合って。それがだけどできれば 内戦はなくなっていくんじゃないかなって」。
いやー、その冷静な分析には感銘を受けたよ。
そんなに感銘を受けたのは尾崎豊の「路上のルール」の歌詞以来だ。
「互い見透かした笑いの中で言い訳の付くものだけを 摩り替える夜 瞬きの中で 何もかも消えちまう」。
総理の発言と尾崎豊の「路上のルール」の歌詞にはなにか共通点がある気が。
多分おいらはそういうのが好きなのだ。
総理の視点と尾崎の視点。
しかし総理はもてない。
東大だし、優しいし、チャット部屋にいるみんなに総理を薦めたのだけれど、みんな「なんかね」と言う。
女は男を見る目がないんだなーw。
まあでも男も女からしてみれば女を見る目がないのかもしれないし、年齢のせいかもしれない。
総理は超お勧めー。
もうリタイアしたけれど。
2006年09月13日
あいのり
あいのりはひさよんが田上君を追い出した時位から見だしたんだけれど、また見逃した!
どうもあの時間帯は駄目だなあ。
「サプリ」までは覚えているんだけれど、忘れてしまう時間帯。
ところで、田上君を追い出した後、ちゃきとひさよんで揉めてたけれど、どうなったの?
噂ではちゃきがひさよんをリタイアさせたって。
「ひさよんのこと本当に好き」とかなんとか言って。
恋は盲目。
初めはひさよんに魅力を感じつつも(ひさよんはおいらのタイプ)、ちゃき派だったけれど、ちゃきは典型的なナルちゃんだなあ。
今はリタイアしたこともあってひさよん派。
事の成り行きはわからないけれど。
でもボスニア戦争の爪痕が残っているボスニア・ヘルツェゴビナで恋のしがらみを体験するというのはどうよ?
普通、内戦という大きなもの、深刻なものから比べれば、恋で争うのは余りにもちっぽけだと感じると思うけれど。
ボスニア戦争の爪痕が恋の調停役にならなくって残念!
どうもあの時間帯は駄目だなあ。
「サプリ」までは覚えているんだけれど、忘れてしまう時間帯。
ところで、田上君を追い出した後、ちゃきとひさよんで揉めてたけれど、どうなったの?
噂ではちゃきがひさよんをリタイアさせたって。
「ひさよんのこと本当に好き」とかなんとか言って。
恋は盲目。
初めはひさよんに魅力を感じつつも(ひさよんはおいらのタイプ)、ちゃき派だったけれど、ちゃきは典型的なナルちゃんだなあ。
今はリタイアしたこともあってひさよん派。
事の成り行きはわからないけれど。
でもボスニア戦争の爪痕が残っているボスニア・ヘルツェゴビナで恋のしがらみを体験するというのはどうよ?
普通、内戦という大きなもの、深刻なものから比べれば、恋で争うのは余りにもちっぽけだと感じると思うけれど。
ボスニア戦争の爪痕が恋の調停役にならなくって残念!
2006年09月08日
今日のヤフオク
ヤフオクで中古CDを売ったら初めに「非常に良い」、後に評価を付けてくれないから「どちらでもない」と付けられてしまった。
現在、評価は236、マイナス評価は三つで、二つは落札のキャンセルに伴うオークションシステムからの自動評価で、一つは送料の食い違いによりキャンセルしたら付けられてしまった。
たまにムカツク落札者がいるんだよねー。
たがだか1000円のCDを落札しといて、「いつ配送できますか?」だと。
おいらは三日以内に配送のポリシー。
また「評価を付けてください、お願いします」と。
それには「評価は評価返しで対応しています」と答えたけれど。
そういうこともあり、一時間半の間評価を付けなかったら、「どちらでもない」「評価をしてくだされれば評価を変えます」と付けられてしまった。
メールを大文字で送ってきたり、なんかムカつく奴だなーと思てっいたので、評価を「一時間半で評価を変えるのは早過ぎます。せめて一日の猶予は欲しいものです」「どちらでもない」にしてしまった。
その後直接メールのやり取りがあったけれど、大文字のこと、丁寧語は使っているけれど殺伐とした文章のことを言ったら、「こんなことで争っても意味ない」だって。
で、評価は二人とも「どちらでもない」のまんま。
「そちらが評価変えたらこちらも変えますよ」と言ったのになあ。
すべてを「交渉」と考えているおいらと、すべてを自分の気持ちと考えている相手との違い?
久々に「非常に良い」ではない評価が付いてしまった。
まあ「どちらでもない」だから別にいいんだけれどね。
現在、評価は236、マイナス評価は三つで、二つは落札のキャンセルに伴うオークションシステムからの自動評価で、一つは送料の食い違いによりキャンセルしたら付けられてしまった。
たまにムカツク落札者がいるんだよねー。
たがだか1000円のCDを落札しといて、「いつ配送できますか?」だと。
おいらは三日以内に配送のポリシー。
また「評価を付けてください、お願いします」と。
それには「評価は評価返しで対応しています」と答えたけれど。
そういうこともあり、一時間半の間評価を付けなかったら、「どちらでもない」「評価をしてくだされれば評価を変えます」と付けられてしまった。
メールを大文字で送ってきたり、なんかムカつく奴だなーと思てっいたので、評価を「一時間半で評価を変えるのは早過ぎます。せめて一日の猶予は欲しいものです」「どちらでもない」にしてしまった。
その後直接メールのやり取りがあったけれど、大文字のこと、丁寧語は使っているけれど殺伐とした文章のことを言ったら、「こんなことで争っても意味ない」だって。
で、評価は二人とも「どちらでもない」のまんま。
「そちらが評価変えたらこちらも変えますよ」と言ったのになあ。
すべてを「交渉」と考えているおいらと、すべてを自分の気持ちと考えている相手との違い?
久々に「非常に良い」ではない評価が付いてしまった。
まあ「どちらでもない」だから別にいいんだけれどね。


