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2006年10月05日

俺の歌だから歌うな!

「尾崎豊物語」に拠れば、尾崎は「俺の歌だから歌うな!」と言ったらしいが、ちょっと記憶を遡ってみると思い当たる節がある。
例えば以下のビデオ、
http://www.youtube.com/watch?v=NC8m_GlIdIg

観客が尾崎を差し置いて勝手に盛り上っていて歌を歌っている。
尾崎は明らかに嫌がっている。
おいらだったら切れる。
尾崎も切れて当然だ。

しかし「約束の日」では尾崎はある意味エンターテイナーになっていた。
尾崎の歌は心を打つがMCなどでは。
当然の帰結かも?  
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2006年10月05日

尾崎との決別と再接近

おいらは尾崎と決別したことがある、尾崎の全体性への反逆で、坂本龍一の個人主義への接近が主な理由だった。

【尾崎の全体主義】

「みんなの普遍的な答えを探す必要がない」という須藤晃プロデューサーのアドヴァイスに、尾崎は「だったら、僕は何を歌えばいいんですか?」と答えている。(漫画:「尾崎豊物語」より)
そのことはみんなのことを想う尾崎の優しさの表れだと思うが、同時にみんなのことを歌えると思っている尾崎の過信や傲慢さの表れでもある。

しかし尾崎と一度決別したが、再接近した。
きっかけはちょっと思い浮かばないが、個人主義の崩壊だったのかもしれない。
あるいは、ちょっと思い出して、ただ単に曲を聞いただけかも?

なので、おいらは尾崎を相対化しているのだ。

尾崎の曲は、

○作曲能力 尾崎ファンは洋楽を聞かないファンが多いけれど、尾崎には作曲家としての能力は余りないと思う。少なくとも尾崎がすべてを担当した「放熱の証」は酷い出来。初期の作品が良かったのはプロデューサーの須藤晃氏のおかげかも?

○作詞能力 尾崎の作詞能力は非常に長けている。まさに神。

○表現力 尾崎の表現力は素晴らしい。魂で歌を歌えるのは尾崎位。まさに神。

○ヴォーカル力 尾崎のヴォーカル力も優れている。尾崎の歌を他の人が歌うとすべて駄目。まさに神。


ただすべてのきっかけを与えてくれたのも尾崎である。
おいらは村上龍ファンだが、村上龍を知ったのは尾崎が村上龍の小説「コインロッカー・ベイビーズ」を読んで、面白かったと言ってたから。
また坂本龍一との出会いは村上龍で、これも元を辿れば尾崎。

そう、すべては尾崎だったのだ。
尾崎を5年以上も聞かなかった時があったけれど。  
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2006年09月24日

尾崎豊物語(読書感想:本物の詩人と偽物の詩人)

ハッキリ言って期待外れ。
そこに濃密なものはなく、すべてはデフォルメされて、ドラマも迫って来ない。
ただラストは「約束の日」のMCだったので、読み返して感動はしたけれど。

ただ疑問は多くあって、福岡国際センター、または他のライヴにて尾崎は観客に向かって本当に「俺の歌なんだから歌うな!」と言ったのか?
尾崎はみんなの為に真実を解き明かして伝えていこうと思っていたが、真実は一つではないことに気がつき、真実は一人一人みんなの中にあると気付いたのか?
なんかそれじゃ答えが当り前すぎて、尾崎の「みんな」はそうじゃなかった気がする。
尾崎の「みんな」にはもっと広い視野があったような?
尾崎の「みんな」は確かに幼稚的な全能感の延長としての「みんな」だったと思うけれど。

まあとにかく「約束の日」で終わる最後は美しいが、次のアルバム「放熱の証」を聞く限り、尾崎の中ではなにも解決されていなかったように感じる。
いや、逆に視野が狭くなっている。
それが「真実は一人一人みんなの中にあると気付いた」結果だとすれば悲しいが。

尾崎は坂本龍一の曲の広がりを感じるべきだったのかもしれない。
尾崎は坂本龍一と対談したのだから。
(坂本龍一の曲の広がりは「みんな」を否定している。坂本龍一は「みんな」とは絶対言わないはず。おいらも「みんな」は昔から絶対言わない。尾崎的な全体への欲望=幼稚的な全能感の延長はあったけれど。でも尾崎みたいな人って本当に知らない人を少し傷つけただけでも自分が傷ついちゃうんだよね。普段は傲慢なのにそれを知ると。おいらとそこも違う。本物の詩人(尾崎)と偽物の詩人(おいら)の差かな?w)  
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2006年05月29日

永遠の胸

アルバム「誕生」は発売された頃、ヘヴィーローテーションで、その後は飽きてしまい、カラオケで歌う「LOVE WAY」と「ロザーナ」以外は聞かなくなってしまった。

しかし数日前にアルバム全体を15年位振りに聞いてみたら、「永遠の胸」で泣きそうに。
多分自分自身の中に「何故生まれてきたの?」という問いかけ、そのような生きることへの刹那さを伴った無意識の問いかけがあったのだと思う。

でも良く考えたら泣きそうになったのはその前で、なぜなのかな?
確かに決定付けたのは「大地に立ち尽くす僕は♪ 何故生まれてきたの♪」という部分だったけれど。

尾崎のように生きる意味を求めるアーティストは余りいない。
多分尾崎しか「何故生まれてきたの?」と直接問い掛けたアーティストはいない。
しかしそれにも関わらずに、生きる意味を求めていたり、「何故生まれてきたの?」と問い掛けているのだと思う。
普段はそこら辺をはぐらかしているだけで。

おいらはバブル世代だ。
生きる意味なんて言ったら、蹴りが飛んでくる、そんな世代だ。
「意味」は哲学であって、「実存」ではなかったのだ。

でも「永遠の胸」で泣きそうになったおいらがいる。
「永遠の胸」で泣きそうになったおいらが。。。  
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2006年05月19日

1992年5月25日付オリコンチャート

1  放熱への証  尾崎豊
2  Gorgeous   ZOO
3  スーパーベスト2 CHAGE&ASKA
4  回帰線    尾崎豊
5  十七歳の地図 尾崎豊
6  LAST TEENAGE APPEARANCE 尾崎豊
7  壊れた扉から 尾崎豊
8  MASTER PIECE#12 氷室京介
9  誕生     尾崎豊
10 BABY BLUE  T-BOLAN
 
14 街路樹    尾崎豊


なんとベスト10中6枚ランクイン。
同一アーティストによるオリコンアルバムチャート・ベスト10内への同時ランクイン数記録では、未だに尾崎の6枚同時が最高とのこと。

知らなかった。。。

あ、多分、日本にいなかったんだな。
尾崎がなくなったのは4月25日で、母親から尾崎がなくなったのを聞いた覚えがあるし、ニュースで護国寺に集まるファンを見た覚えがあるんだけれど、ラストオリジナルアルバムである「放熱の証」は母親に頼んでアメリカに送ってもらった記憶が。
パスポートでいつ出国したか確かめようとしても、おいらはサンフランシスコでパスポートを更新したので、帰国の際の入国スタンプしか押されていない。
古いパスポートは新しいのを作る際に渡しちゃったし。
あ、それとも捨てた?



もしかして尾崎が死んだ時、おいら日本にいなかった?
アルバム「誕生」が出たのが1990年で、1991年の3月までオーストラリアにいて。
1992年の5月?

あ、一度日本に帰ってきてたんだ。
一度、アメリカに行って、二週間とか一ヶ月くらい日本にいて、それで5月だ。
また行ったの。

なんか日付が微妙だなー。
記憶も微妙だったけれど、合ってたみたひ。  
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2006年05月17日

約束の日

尾崎豊の約束の日のディスク1とディスク2(別売)を山にある物置小屋で発見したのだけれど、これはもう全部ライヴ盤は買わないと駄目だなー。
「Last Teenage Appearance」というライヴ盤を持っているんだけれど、やはりライヴなので、歌い方が違ったり、アレンジが違ったり、尾崎の曲なんてもう死ぬほど聞いているのに新しい感動が。

ただこのライヴ盤はMCが長過ぎる。
間奏が長過ぎる。

しかしそのことにより、まるでライヴに行ってるような感覚に包まれるのだけれど。

あー、尾崎のライヴに行きたい。
一度行ったことあるけれど、今行きたい。

このCD(ライヴ)では観客に歌わせる所が多いけれど、特にディスク1の「卒業」は、「この支配からの卒業♪」というところを観客が歌っていて、なんか可愛い。
全体的に女の声なので。

「この支配からの卒業♪ 闘いからの卒業♪」  
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2006年05月12日

日本人が好きな100人の偉人

おいらはタイトルを読んで、「アイルトン・セナ」が思い浮かんだんだけれど、セナは22位。
スポーツ関係者では一位なので、セナ人気は相変わらずなのね~。
おいらはシューマッハが嫌いだけれど、セナが生きていたらショーマッハはセナを抜けたのだろうか?
二人は同じチームに所属していたけれど。

ちなみに尾崎豊が30位!
尾崎豊は多分覚醒剤で死んだし、覚醒剤で捕まったことがあるので、偉人と言えるのか、どうか。
ただスポーツ・エンターテイメント系では、ジョン・レノンについで5位は凄い。
また日本の歌手で言えば美空ひばりに続いて2位。
XーJapanのHideがランクインしていないところをみると、尾崎人気は根強いものがある???

尾崎豊万歳!!!

以下は50位まで。


1  織田信長
2  坂本竜馬
3  エジソン
4  豊臣秀吉
5  松下幸之助
6  徳川家康長
7  野口英世
8  マザー・テレサ
9  ヘレン・ケラー
10 土方歳三

11 西郷隆盛
12 ダイアナ元妃
13 アインシュタイン
14 美空ひばり
15 福沢諭吉
16 アンネ・フランク
17 ナイチンゲール
18 吉田茂
19 ウォルト・ディズニー
20 ベートーヴェン

21 源義経
22 アイルトン・セナ
23 レオナルド・ダ・ヴィンチ
24 手塚治虫
25 ナポレオン
26 聖徳太子
27 ジョン・レノン
28 諸葛亮孔明
29 宮本武蔵
30 尾崎豊 

31 オードリー・ヘップバーン
32 マハトマ・ガンジー
33 夏目漱石
34 高杉晋作
35 紫式部
36 モーツァルト
37 山本五十六
38 宮沢賢治
39 ジョン・F・ケネディ
40 二宮尊徳 (金次郎)

41 近藤勇
42 大久保利通
43 武田信玄
44 卑弥呼
45 伊能忠敬
46 石原裕次郎
47 千利休
48 チャールズ・チャップリン
49 杉原千畝
50 伊達政宗  
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2006年05月02日

太陽の破片ショック

あー、なんというか、太陽の破片ショックだ。
この感じ、なんかひりひりするような感じ、懐かしいけれど、昔は感動しただけで、衝撃は受けなかった。

ナンデ コンナニ ショウゲキヲ ウケテルノ?

あー。

「僕はただ清らかな愛を信じている。」←清らかさ?  
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2006年04月30日

白紙の散乱

ブログを持っているけれど、尾崎豊の「太陽の破片」を何回も観ていたら新しいブログを作りたくなった。
「白紙の散乱」という尾崎豊の詩集のタイトルで。

でも説明のように尾崎豊をトリビュートする訳ではない。
尾崎豊の「太陽の破片」はきっかけであり、内容ではないからだ。
ただ偽物の言葉ばかりを吐き出してきたような気がしている。

では何が本物の言葉?
前の俺だったら、本物も偽物もない、言葉は言葉であり、そのことはすなわち言葉の持ち主である自分に本物も偽物もなく、すべてが自分ということを表しているということなのだが、偽物の言葉ばかり吐き出してきた感は拭えない。
無論、言葉で心のすべてを表現できるとは思ってはいないが。

尾崎はカッコつけマンだったが、無様な位自分を表現していた。
ここがそういう表現の場になればいいと思う。

時にキラキラと光る表現が生まれてくることを祈って。  
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2006年04月29日

ギリギリの表現

昨日から「夜のヒットスタジオ」での尾崎の「太陽の破片」(前の前の日記にリンクあり)を10回以上も観ている。
何度観てもやっぱり感動で、最後の畳み掛け方は感動の定番というか、いつ観ても感動するものだなーと。

間違ってなかったと思った。
10代の頃のおいらの感性は間違ってなく、例えば去年の「レコード大賞」の中島美嘉の歌に感動したり、倖田來未のパフォーマンスに圧倒されたりするが、やっぱり尾崎で、おいらはギリギリの表現が好きなのだ。

緊張感の中、神経を研ぎ澄ます。
内にあったものを爆発させる。

謂わば「脆さ」と「強さ」が一体になった表現で、「脆さ」だけ、「強さ」だけでは尾崎のような表現は出来ないと思う。
いや、尾崎位のギリギリの表現をするアーティスト自体が稀なのだけれど。

ギリギリの表現だけがオーラや浸透力を帯びるように思う。
尾崎の声がたまにオーラや浸透力を帯びたように。  
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2006年04月27日

太陽の破片

おいらは実はMIXIにも登録しているんだけれど、「尾崎豊の命日」の記事を書き込み、感想が欲しいので尾崎豊ファンに足跡を付けまくったら、書き込みが。
MIXIは余り書き込みがないので、嬉しかったり。

それになんと言っても尾崎豊の唯一のテレビ出演番組である「夜のヒットスタジオ」での「太陽の破片」が忘れられないと言ったらリンクを張ってくれた人がいた。
中には優しい人もいるもんだねー。

「夜のヒットスタジオ」での「太陽の破片」はリアルタイムで観たけれど、その表現力に圧倒されて鳥肌が立った。
物凄く感動した。
記憶の中のライヴでは一番!

今回はその時と同じ感動は味わえなかったけれど、やっぱり表現力が凄いと思った。
リンクはこちらから。
http://www.youtube.com/watch?v=gSzEDU3Kttk


僕はただ清らかな愛を信じている。。。  
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2006年04月26日

25/4

昨日は尾崎豊の命日です。
そんなおいらも尾崎ファン。
しかし最初は。。。

尾崎豊を知ったのは中二の時だけれど、尾崎豊は物凄く流行っていた。
第一次尾崎世代。
尾崎豊をリアルタイムに聞いていたのがまさにおいらの世代で、不良から普通の生徒まで音楽好きなら誰でも尾崎豊を聞いていた。
そんなおいらも。。。

初めて買ったのは12インチシングル、「17歳の地図」か「卒業」か「Driving all night」で、その頃12インチシングルは珍しく、尚且つお洒落として見なされていて、アルバムのパッケージも他のアーティストと比べると群を抜いて洒落ていた。
初めはそんなアート・ワークから入ったおいら。

しかしそういうアート・ワーク的な作品を集めたくなる欲求とは裏腹に、尾崎豊は過激だなーと思っていた。
なかなかヘヴィーローテーションにはならずに、「やっぱり浜田省吾や佐野元春の方がいいよなー」とか、「やっぱりロックはブルース・スプリングスティーンの『BORN IN THE USA』だよなー」とか。

でもその頃おいらは余りアルバムを持っていなかったので、置いては、聞き、置いては、聞きを繰り返し、いつの間にかに尾崎豊が超ヘヴィーローテーションに。
特にその歌詞には影響を受け、卒業文集のタイトルも迷わずに「卒業」にしたっけ。
なんかアスファルトとか、都会的なカッコイイイメージで。

またはキリスト教的な「罪」と「救済」というようなドラマティックなイメージで。

そう、あれからもう20年近くも経った。
尾崎の言う「愛」や「真実」は色褪せて、尾崎の言う「生存競争」だけがクローズ・アップされて来たように思う。

「どんな綺麗ごとを言ったって、世の中は弱肉強食の世界で、例えばホームレスと恋愛をしたいという女はいない。ホームレスの苦悩をわかろうとするものはいないんだ。せいぜい出来るのはお恵みを与えるか、その場限りの優しい言葉を掛けてやるかで、ホームレスは身内ではなく、結局みんな自分のことで精一杯で、幸福だけがそんな俺達を嘲笑うかのように静かに時間と空間を漂っている。」

「強く生きなきゃと思うんだ。」

「僕が僕であるために。」


尾崎豊 享年26歳。
1992年4月25日 肺水腫で他界。

尾崎の全身全霊を込めた表現は素敵だった。  
Posted by pennyroyal-tea at 22:32Comments(2)TrackBack(0)
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